便利な世の中とは、なんと恐ろしい世の中……だと思いませんか?

   2017/05/02

osakaeki

こんにちは。本木 ななです。
私とろくがお世話になっております。

何ヶ月か前に、産経新聞のコラムに曽野綾子さんが、

『便利な世の中になったからこそ、耐えることの大切さを教えなければならない』

みたいなことを書いておられました。
以下のような話を書いておられたんですね。

その話は……

曽野さんが昔イギリスに行った時、急に気温が下がり激しい雨になった日があった。
ものすごく寒くなったが、その時曽野さんは車で移動していた。

道中、幼い子供を連れた親子が歩いていた。
その子を気の毒に思った曽野さんは

「どちらへ行かれるのですか。良かったら乗りませんか」

と声をかけた。
そしたら、その母親の返事は

「ありがたいのですが結構です。私は今、子供に耐えることを教えているのです」

というものだった。
曽野さんは母親のその答えを素晴らしいと思った。

……というエピソードでした。

この後曽野さんの話は、便利な世の中は結構だが、便利過ぎて突然の災害などでその便利さが途絶えた時に困るだろう、などと続いていたと思います。

耐えることは大切なことだと私も思います。
けど、大切なのはそれだけではありません。

また、曽野さんだけではなくほとんどの人が“便利な世の中は良いものだ”と考えられています。

私の母親もよく、

  • 便利な世の中になったものだ

と感心したり、

  • そんな世の中だからこそ、それに胡坐をかいてはいけない

などと戒めるように言ったりします。
私、母親のこの言葉を聞く度に内心腹が立つんですけどね。

いえ、言いませんよ?
言っても仕方ないことですから。

何故、私が腹を立てるのか?
それは、

  • 世代に胡坐をかいていた人の、のんきな発言だから

です。
もちろん、母には悪気はありません。
それは私もわかっています。

  • 便利な世の中になった

ということを言い換えると、それは

◎そこまでの需要はもう喰われている

ということです。
もちろん、その中に労働も含まれています。

母は、私や弟に

「要らんことを考えずに一所懸命働いていれば、道は開ける」

と言っていました。

母の時代はそれが正しいことであったし、母としては自分がそれでそこそこ仕事で成功してそこそこ裕福になったから、子供にもそうなって欲しいと願って、そのように教育した……のは、理解しています。

しかし、今、これをやってしまうと大変なことになります。
何が悪いって“要らんことを考えずに”って、ここが大きな大きな間違いです。

今は考えて考えて考え抜いて、逆さに振っても鼻血も出ないほど考えなければなりません。
何をするにしてもそうです。

母の世代は、ぽっかりと大きな労働需要がありました。
だからちょっとぐらい方向がずれていたとしても、一所懸命働くだけで何とかなったわけです。

というよりも、

『働くこと』それだけで、その労働需要に応えることができた

のです。

でも、今は違います。
ここで例に出すのは申し訳ないかもしれませんが、同じ名門の繊維メーカーに、東レとユニチカという会社があります。

東レと言えば炭素繊維で超有名です。不勉強なこの私でも知っているぐらいで。これを書いている時の株価は1,115円でした。

ユニチカは……えーと、東洋の魔女でしたっけ? 最近では“あまり調子が良くない”と言われてからかなり経ったような気がします。株価は今や100円以下が当たり前みたいな感じでしたが、これを書いている時は60円でした。

ユニチカの社員が全員、怠けていたのではありません。
東レが異様に働いていた、というわけでもないでしょう。

残念ながら、その方向性が間違っていた。
だからこそ、ユニチカにこんな結果が出てしまったのです。

で、話を戻しますが。
今は便利な世の中になりました。
そこまでの需要は喰われていると、書きました。

では、これからはどうすればよいのか。
どうしていかなければならないのか。

と言えば、ここからがものすごく恐ろしい話になる、と私は思っています。
それは、

◎今そこにあるものを用いて、より良いものを創造する

ということになります。
が……これって、怖い話ではないですか?

「えーっ?!」

て、思いませんか?
私は思いました。

「もうええ加減便利やから、もう何も要らんやん」

て、思いませんか?
私は思いました。

実際の話、それ故になかなか物が売れなくなっているというのもあります。
また消費者も賢くなり、必要ではない物は買わなくなりました。

車とかそうですよね?
都会なら電車がありますから必要ない、だから買わない。

そんな消費者にものを買ってもらおうと思ったら、ものすごいものを生み出さなければならないわけです。
それができなければ、今あるものを買ってもらおうとなりますが、そうなると価格を下げるしかない。

「これはまだ使えるけど、この値段だったら新しい物を買っても良いか」

と、思ってもらうしかないということですから。
となると、物の値段を下げる時に人件費も下げられます。当然ですが。

「これはどうしても欲しい。ちょっとぐらい高くても買おう」

という物を生み出すハードルが、今やどこまで高くなっているのか。

知恵を絞ってそのハードルを越えるか。
身を粉にして低賃金で超えずに諦めるか。

恐ろしい世の中やと、思いませんか?
私は思います。

さて、上記で私は、

耐えることは大切なことだと私も思います。
けど、大切なのはそれだけではありません。

と、書きましたが。
それについての詳細は、また次回とさせて頂きます。長くなりましたので。

(……で、その話を2015/12/10に書きました。

確かに耐えることは大切なこと。でも、それだけでは足りないのです

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